厚生労働省が保育士の配置基準を緩和し、資格を持たなくても保育できるようにするという12月4日のニュースは、保育士や保育士を目指す学生さんたちにとって衝撃だったと思います。子供の少ない朝夕は保育士2人以上の配置が義務付けられていたのが、改正された来年4月からは保育士1人に加え、無資格の人も保育できるということです。これが認められれば、ずるずると無資格者の保育が行われるようになるかもしれないと危惧します。
保育の仕事は、無資格でも可能なのでしょうか。ここでは、保育士の資格を持っている人が、どのような勉強をしてきたのか、無資格の人とはどこが違うのかをについて触れたいと思います。
私は今年の前期、保育コースの文章表現の授業を担当しました。私が担当した短期大学では前期15回、後期15回の計30回、文章表現の講義があります。後期の講義は専門の先生が担当され、保育の分野に特有の用語や表現を用いるもので、私は前期の基礎を担当しました。
保育士にとって文章を書くのは欠かせない仕事です。たとえば、たいていの保育所では「お便り帳」などと呼ばれているノートが活用されています。保護者と保育士がコミュニケーションを取るための大切なノートです。慌ただしい朝、働く保護者は保育士とゆっくりと話すことができません。そこで簡単な連絡事項や、時には心配事などをノートに書くのです。保育士は保育所にいる間の子供の様子をそのノートを使って伝えます。親の勤務時間や保育士のシフトの関係で、お迎えに行ったときに対応する保育士と、日中ほとんどの時間子供をみていた保育士が別人ということもありますから、このノートの記録は非常に重要なものになります。
そこで基礎の授業では、事実を正確に記述するというトレーニングを徹底して行いました。具体的には、以下の内容をアレンジして繰り返しました。
保育士が保護者に子供の様子について伝えるには、こういった講義を受け、実際に書く訓練をする必要があると考えます。事実と意見を分けて書くという基礎を知らないと、たとえばお昼寝について書く場合、次のように書く可能性があります。
ぐっすりお昼寝しました。
よく眠っていました。
「ぐっすり眠っている」「よく眠っている」というのは『理科系の作文技術』でいうところの「意見」です。その人がそう判断したに過ぎません。このような表現だと、ノートを読んだ保護者が、ぐっすりお昼寝したから少々夜更かししても大丈夫と思って、子供を睡眠不足にさせるかもしれません。
講義を受けて正確な記録文について学んだ保育士なら、「ぐっすり」「よく」などと書くにしても、次のように具体的な表現を続けるでしょう。
一度も途中で目を覚ましませんでした。
ぐずることなく、すぐに眠りました。
同様に、
お友達と喧嘩をしてしまいました。
だけだと心配ですが、
お友達とブロックの取り合いをして、泣いてしまいました。
なら何が起きたのかがわかります。体調が今一つだった日に
熱もなく元気に遊んでいました。
おやつもたくさん食べました。
と書いてあるよりも、
お昼寝の前に熱を測りましたが、36.4度でした。
いつものように園庭を走り回って遊んでいました。
おやつのいちごは4粒全部食べました。
と事実を具体的に書いている方が安心できます。
事実と意見を書き分けることは論理的な文章を書く基礎ですが、私が担当した学生が保育士の資格を取得した場合、90分授業で15回にわたってこういったトレーニングを受けていたことになります。
無資格者の場合、こういった技術を身に付けているかどうかはわかりません。ただ単に子供が好き、保育の仕事がしたい、というだけでは上記のような記録文を書けるかどうかわかりません。厚生労働省の発表では無資格者に研修を受けさせるとありますが、前期だけでも90分15回かけてトレーニングする内容を、何時間の研修で身に付けさせるのか甚だ疑問です。
基礎的な文章表現の技術を身に付けているかどうかという面からも、無資格者の保育が認められることに不安を覚えます。