文章表現の授業です

専門学校や大学で担当している「国語表現法」「日本語表現」などといった授業の覚え書き

第2回補足 事実の記述の重要性

第2回の授業で取り上げる「事実と意見」の考え方は、少しわかりにくいようです。

  1. ジョージ・ワシントンは米国の最も偉大な大統領であった.
  2. ジョージ・ワシントンは米国の初代の大統領であった.

『理科系の作文技術』などで木下是雄氏が引用しているアメリカの国語の教科書*1の例文をここにも挙げましょう。証拠を挙げて裏付けすることのできる2.は「事実」です。それに対して1.は誰かが下した判断であって、ほかの人はその判断に同意するかもしれないし、同意しないかもしれないので、「意見」だと考えます。

 

この考え方がわかりにくい理由として、まず「意見」という用語が、日常生活で用いる「意見」とは少し異なっていることが考えられます。1.の場合は

(私は)ジョージ・ワシントンは米国の最も偉大な大統領であったと考える。 

と書けば、意見ということがはっきりするでしょう。「意見」という用語には「判断」も含まれると考えると、

  1. ミナトヤのパンは高い。
  2. ミナトヤのメロンパンは150円だ。

という例について、1.が「意見」で2.が「事実」だということが納得できるのではないでしょうか。

 

もう一つ、「事実と意見」の考え方をわかりにくくしているのは、「事実」には「真の事実」と「偽の事実」があるという考え方です。 「意見」と同様に、「事実」という用語の日常での使い方に引きずられてしまうためのようです。

また、「事実」ではなく「意見」である文 と、「偽の事実」の文を混同してしまうこともあるようです。これについては、ミナトヤのメロンパンが150円であるとき、

  1. ミナトヤのパンは高い。
  2. ミナトヤのメロンパンは180円だ。  

1.が「意見」で2.が「偽の事実」であることを確認しておきましょう。

 

このようにいろいろ理由はありそうですが、「事実と意見」の考え方がわかりにくい最大の理由は、そもそもなぜこんな考え方が文章を書くために必要なのかわからないから、のようです。前回取り上げた文例では、

  1. 田中氏は激怒した。
  2. 田中氏は報道陣に怒りをぶつけた。
  3. 田中氏はげんこつでテーブルを叩きつけた。

について、(1.でいいじゃない、『走れメロス』だって「メロスは激怒した。」で始まるのに……)と思ったかもしれません。

ここで確認してほしいのは、この授業は文学作品を書くレッスンではないということです。どんなに美しくても情報を正確に伝えるのでないと、仕事で使う文章としては失格なのです。ここでは少々無骨でたどたどしくても、田中氏がどういう状態だったかを伝えることに意味があるのです。「田中氏はげんこつでテーブルを叩きつけた。」というように事実を記述する文なら、目撃者がいたり画像があったりして、本当にげんこつでテーブルを叩きつけたのかどうか確かめることができます。その結果、もしそんなことをしていなかったら「偽の事実」です。しかし「激怒した」では確かめることができません。上品な家庭に育った人は少し怒鳴られただけで激怒されたと思うかもしれませんし、私のようにワイルドに育った人は少々のことでは激怒されたと感じないかもしれません。「怒りをぶつけた」のだって同じです。怒りをぶつけられたと感じる人と感じない人がいるでしょう。

1.や2.は人によってイメージの違う表現を使っているので事実を表す文とはいえません。こういう書き方をすると、田中氏から「俺は激怒なんてしていないぞ。怒りをぶつけた覚えもない。俺としてはちょっとムカついただけだ。それをこんな風に書くとは!」と抗議が来るかもしれません。

 

このように、事実を記述する文の形になっていないと、トラブルが生じることはよくあるのです。

A「この仕事、すぐしてほしいんだけど。」

B「わかりました。すぐにやっておきます。」 

 この会話の文は事実を表していません。「すぐ」をどのようにとらえるか人によって違うからです。Aが今日中、Bが今週中ととらえていれば困ったことになりますね。Aが事実を表す文の形で

A「この仕事、今日中にしてほしいんだけど。」  

と頼むか、Bが

B「わかりました。何日までに仕上げればいいですか?」 

と事実を表す文の形で聞き返せば、トラブルは避けられます。 

 

誤解されないよう正確に情報を伝えるためには、事実を表すことを意識するのは基本中の基本であるとともに、最も重要なことなのです。

 

では、第2回の補足問題です。

 

問題1

次の文は「事実」を記述する文になっていません。「事実」を記述する文に書き換えるか、「事実」を記述する文を書き足しましょう。

  1. 自分なりにがんばりました。
  2. 次回から手洗いをしっかりするようにします。
  3. 私の公約の1つは「お年寄りに優しい町づくり」です。
  4. 弊社は徹底した効率化に取り組んでおります。
  5. 日本人は繊細な感性を持っている。

 

 問題

インターネットオークションにマグカップを出品するために次のような説明文を書きました。しかし、この文章は事実を述べているとは言い難い部分がいくつかあり、場合によっては落札者とトラブルになるおそれがあります。

事実を述べているとはいえない表現に傍線を引いて、どのようなトラブルが起きる可能性があるか考えましょう。

次に、最強のクレーマーを想定して全体を書き直しましょう。

   

  • こちらは、どらえもんのマグカップです。
  • 最近、アベノハルカスで買ったものです。
  • 新品同様! ほとんど使っていません。
  • どらえもんのイラストがかわいくて癒されます。
  • 大きめサイズでたっぷり飲めますよ。
  • 汚れなどは特にありませんが、神経質な方はご遠慮下さい。

 

 

ところでこの「事実と意見」については、『理科系の作文技術』の著者である木下是雄氏が、「事実の記述」を以下のように定義しているのが参考になります。

(略)そこで私たちは、ある記述が「事実である」という言い方は避ける。そして事実ではなくて事実の記述を次のように定義する。

(a)自然現象や、人間の関与した事件の記述で、

(b)しかるべきテストや調査によって真偽を客観的に(原文「客観的に」に傍点)たしかめることのできるものを事実の記述という。

 「言語技術教育に取り組む」(『日本語の思考法』中公文庫2009 11~41頁)

 木下氏はまた「「事実とは証拠をあげて裏づけすることのできるものである」としたのは初心者(小学生)用の定義とお考えねがいたい」と述べています。

*1:Patterns of Language,Vols.A~H,American Book Co.,New York,1974.