文章表現の授業です

専門学校や大学で担当している「国語表現法」「日本語表現」などといった授業の覚え書き

第7回 わかりやすい表現にする

いい文章を書けるようになるためには多くの本を読みなさいーー文章の書き方の本にはよくそういうことが書いてあります。これは真実だと思います。

例えば、ピアノを弾くことについて考えてみましょう。ピアノというのはバイオリンなどと違って、誰でも最初から鍵盤を叩けばちゃんとした音を出すことができます。しかし、ピアノの曲が演奏されるのを一度も聞いたことのない人に、ピアノを演奏しろと言ってもできないでしょう。楽譜を読むことを習い、その通り弾くことができても、ただの機械的な音の羅列になるのではないでしょうか。それはピアノを弾いているということにはならないと思います。

読書の習慣のない人に文章が書けないのもこれと同じです。豊かな語彙と表現、文章のリズムを味わったことのない人が、同じようなものを書けないのは当然のことだと思います。しかし、ほとんど、時には全く、本を読まないという学生さんは存在するのです。

私は、本を読む習慣のほとんどない学生さんに文章の書き方を教えるのは無理だと思います。こう言うと指導を投げ出しているかのように思われるかもしれませんが、実際、限りなく不可能です。それは例えば、名演奏家のCDであれ指導者の「お手本」であれ、一度もピアノの演奏を聴かせずに、楽譜の読み方と音の出し方だけを教えるピアノのレッスンのようなものと言えば、わかっていただけるかと思います。

私がもし大学の初年時教育に関わる仕事をしていたら、月1冊は新書レベルの本を読むことを義務づけたいと思っています(文章表現と論理学の授業を1年生の必修にして、入学前の春休みにリメディアル授業として文系の学生にも高校程度の数学と物理・生物・化学の復習をしたいとも思っています)。何も文学作品を読まなくてもいいのです。社会問題や、自身の将来の仕事に関わる専門の内容について取り上げた本を読む習慣を身に付けてほしいのです。

 

しかし、やみくもに多くの本を読んだからといって、それが即わかりやすい文章を書く力になるというわけではありません。多くの本を読んで自分の語彙や表現を増やしつつ、効率的に文章表現のレッスンをしたいものです。わかりやすい表現にするには、ある程度、押さえておくべきポイントというものがあります。それは、

  1. 長すぎる文章を書かない
  2. 必要な要素を落とさない
  3. くだいて書く

ということです。

 

長すぎる文を書かない

 

まず、長すぎる文を書かないようにする、これだけでかなりわかりやすくなります。文章を書き慣れている人なら、たとえ長くなっても係り受けを流してしまうことはないでしょうし、主語がブレていつの間にか受け身が能動態になって文が捻れているということにもならないでしょう。しかし、書き慣れていない人にはそんなことは難しく、わかりにくい文章になりがちです。

 血液型占いとは、日本で、それぞれの血液型の人の運勢を占ったり、血液型で相性を占ったりもして、A型は几帳面、B型は自由奔放、O型はリーダーシップをとるタイプ、AB型は個性的というように、ABO型の4種類の血液型それぞれに特徴的な性格があるとされ、流行している性格占いの一種である。

これは1つの文で1段落にしてしまった例です。まるで舌足らずに喋っているのをそのまま文字にしたような書き方です。こういうタイプの文は3~5文に区切ってみるとわかりやすくなります。

 血液型占いとは、日本で、それぞれの血液型の人の運勢を占ったり、血液型で相性を占ったりもして、A型は几帳面、B型は自由奔放、O型はリーダーシップをとるタイプ、AB型は個性的というように、ABO型の4種類の血液型それぞれに特徴的な性格があるとされ、流行している性格占いの一種である。

下線を引いた部分を繋げて1つの文にします。これがトピックセンテンスになります。性格占いの一種→それぞれの血液型の具体的な性格→それによって占うもの という流れになるように並べると、読む人が理解しやすくなります。

 血液型占いとは日本で流行している性格占いの一種である。A型は几帳面、B型は自由奔放、O型はリーダーシップをとるタイプ、AB型は個性的というように、ABO型の4種類の血液型それぞれに特徴的な性格があるとされている。それぞれの血液型の人の運勢を占ったり、血液型で相性を占ったりもする。

このように、提出物などの長い文を加工して問題文を作り、文を切るレッスンが効果的です。その際、次のような条件を設定しておくとよいでしょう。

  1. 3文以上、5文以内にくぎること。
  2. 書き直した文章の意味が、もとの文章の意味と変わらないようにする。
  3. くぎられた内容の順序は、条件1の範囲でもとの文章と変わってよい。

 

必要な要素を落とさない

次に、意味がわからなかったり2通りの意味にとられてしまったりする文は、必要な要素が抜けているのが原因だということを理解する必要があります。いわゆる5W1Hーーwhen(いつ)・where(どこで)・who(だれが)・what(何を)・why(なぜ)・how(どのようにして)ーーを意識してもらいたいのです。

ふだんの会話やメールのやりとりなどでは、こういった要素が抜け落ちがちです。例えば、夕食を終え、歯も磨き終えたころメールが届きました。アルバイトが終わった姉からです。「ドーナツ買って買えるね。一緒に食べよう」。このメールに対して、次のような返事を打ったとします。

もう歯磨いた。

この場合、「もう歯を磨いた。」というのは、「もう(私は)(私の)歯を磨いた。」ということになります。しかし「私は私の歯を」などと書かなくても、姉には十分通じるでしょう。

しかし、そういった背景の事情を共有していない人には伝わりません。この文は主語と誰の歯であるかが抜けているため、他のいろいろな状況が考えられます。

例えば、歯科医院で歯科医が歯科衛生士に「2番の田中さんは?」と診察の進行状況を尋ね、「もう(私が)(田中さんの)歯のブラッシングを済ませました。」という場合。

また、赤ん坊の初めて生えた1本目の歯をその母親が磨き(ガーゼでキュッキュッと磨くのです)、自分が磨こうという子育てに協力的な夫に、「もう(私は)(この子の)歯を磨いた。」と伝える場合。

ここで1つ注意してほしいのは、日本語の場合、単数複数の区別をしない表現が多いことです。赤ん坊のたった1本の歯を磨く場合も、大人の30本前後の歯を磨く場合も、たいてい「歯」としかいいません。文章を英語に直す可能性のある場合、日本語としては少ししつこくても、単数か複数であるかなどはわかるようにしておくか、場合によっては調査や実験のノートにきっちり書いておく習慣を付けましょう。日本語で書いた論文を英語に直そうとして、複数形のsを付けるか付けないかがわからず、実験をやり直したという話を聞いたとこがあります。

声の調子や表情のある会話では5W1Hを省略してもかなり通じるので、文章を書き慣れておらず“話すように”書こうとする人は、わかりにくい文章を書きがちです。自分でわかりきっていると思うことも、意識して言葉を足しながら書くようにしましょう。例えば次の文章の場合、

 血液型占いは目くじらを立てることはないと言う人もいる。しかし、血液型占いはB型が自己中心的、AB型が変人など、否定的なイメージがある。私の友人でB型の人がいるが、からかわれるのが苦痛で知られたくないと言っていた。子供たちの間ではいじめに繋がるおそれもある。これに対して、星座や干支を使った占いでは、血液型占いのように悪く言われることはないのだ。

傍線の語句を足しながら、以下のように書くとわかりやすくなります。

 血液型占いは単なる遊びで目くじらを立てることはないと言う人もいる。しかし血液型占いはB型が自己中心的、AB型が変人など、特定の血液型の人に否定的なイメージがある。私の友人でB型の人がいるが、からかわれるのが苦痛で自分の血液型を知られたくないと言っていた。子供たちの間では血液型が原因のいじめに繋がるおそれもある。これに対して、星座や干支を使った占いでは、血液型占いのように特定の星座や干支が悪く言われることはない。

 

くだいて書く

最後の「くだいて書く」は、具体例や理由を示しながら書くことです。話すように書いたわかりにくい文章を例に挙げます。

 通信販売で買い物をするとき、住所や名前などを知らせることになるが、商品を売るためだけで、懸賞に応募して送った場合も同じことが言えるが、別の目的に使用してはならず、使用したいときは、通知して同意を得なければならない。

これは1つの文が長い上に、必要な要素も抜け落ちています。通信販売を利用したり、利用しなくてもどのようなものか知っている人なら、なんとか内容が理解できますが(だからといってこれでいいわけではありません)、買い物は近所の商店街でしかしたことがないという年配の方には難しいでしょう。

  • 信販売で買い物をする…通信販売って何?
  • 住所や名前などを送る…誰が? 誰の住所や名前? どこへ?
  • 商品を売るためだけ…売るときにどのように利用するの?
  • 別の目的に使用…別の目的って?
  • 懸賞に応募して送った場合…なぜ懸賞の話? 何を送るの?
  • 同じこと…何が同じ?
  • 通知して同意を得なければならない…誰に通知するの? 誰の同意?

まず、このような疑問が出ないように、必要な要素を埋めながら書きましょう。そして、それぞれに例や理由を書き足すのです。

  • 信販売で買い物をする…通信販売の例。テレビショッピング・カタログ・インターネットなど。
  • 住所や名前などを送る…電話で伝えたり、葉書を送ったり、インターネットで送信したり。
  • 商品を売るためだけ…ゆうパックや宅配便。
  • 別の目的に使用…ダイレクトメール、選挙運動、各種勧誘。
  • 懸賞に応募して送った場合…懸賞と通信販売の類似点。

くだいて書くと400字程度、個人情報保護法を引用して書くと600字程度になるでしょう。アウトラインを載せておきます。

  1. 信販売とは 1-1通信販売の定義 1-2通信販売の具体例
  2. 信販売の仕組み
  3. 信販売における個人情報の使用について
  4. まとめ

 

長すぎる文や必要な要素が抜けている文は、話すように書く人が陥りがちな悪文です。読書で文章のリズムを身に付けてほしいものです。